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書いた記事数:35 最後に更新した日:2019/06/22

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虹水ブログ

自立することの難しさ

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    破綻した夫婦が、いろいろな事情から離婚しないまま同居生活をつづける悲劇は言うに言われぬ哀しさがあります。
    世間でよく言うところの仮面夫婦です。


    「何とかならないだろうか」、「助けて欲しい」という悲痛な叫びは心に迫るものがありますが、こういった問題に関しては当人が決然として自立した道を選ばない限りは、解決の糸口を見つけるのは難しいのです。

    ご相談にいらっしゃったある女性の例です。
    夫婦ともに公職に就き、金銭的には恵まれています。ところが、夫婦関係が諍いが絶えず冷えきったままだということでした。
    当然、平穏な家庭生活とはほど遠い状態がつづいています。

    奥さんの心労はことのほか大きく、ついには「ウツ」の状態に陥り、5年前より休職となり、とうとう職を辞してしまいました。
    そういう奥さんに対して夫は冷淡このうえなく、彼女の心の叫びにも耳を貸す気配は全く見せないというのです。
    こうした現状に堪えかねて、それが先述の「助けて欲しい」という悲痛な叫びになってしまったのでしょう。

    相談に来た彼女の苦悩は理解でき、心を寄せることはできるのですが、「子どものために離婚はできない」という一点張りでは、どのような占術をもってしても的確なアドバイスは望めません。
    占いでは、彼女が「ウツ」の状態に陥った年は運勢の衰退期に入っており、災厄が降りかかってくる可能性は大きく、彼女の試練のときであることは判断できます。とは言っても、手をこまねいて振りかかってくる災厄に無防備ではいけないのは言うまでもありません。

    衰退期は一つの転機であり、明日の向上へむかう始動のときでもあります。知恵のある者は、そこを逃しません。それと同時に、いかなる境遇であっても自立した精神を失ってはいけないのです。自立した精神こそ、自らの運命、運勢を切り拓く最大の武器でもあるのです。
     

    カミ(祖霊)からの恩寵(おんちょう)

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      己の目で確認できることを信じるのは容易ですが、見えざるものを信じるのは大変難しいことである、というお話です。

      沖縄に暮らすAさんには兄弟、姉妹がおり、病床に伏しているお父様がいらっしゃいました。
      兄弟も皆了承し、当人(Aさん)も納得したうえでこの家の祖先の祭祀はAさんが執り行ってきたのですが、お父様がお亡くなりになったのを契機に祖先の位牌も継承することになりました。


      沖縄の慣習からすると、Aさんが祖先の位牌を継承することはタブーとされ、継承者として最適任者とはいえないのですが、今までAさんが祭祀を執り行ってきた経緯を踏まえ、全員の合意のもとでAさんが継承することになったのでした。
      当然、それまでのことを考慮して財産の相続もAさんということで暗黙のうちに了解済みと思われていたのですが、
      相続が現実のこととなると、事はそう簡単にはいきません。
      思いもよらない異論が出てきたのです。関係者のうちひとりでも異論があれば、事はスムーズに運びません。


      お父様が生前、Aさんのお兄さんの立ち合いのもとで自筆の遺言証書を作成していたのをAさんはすっかり失念していたのでした。遺言証書がない限り、ひとりの異論でも無視することはできないのです。

      そんな折、Aさんは亡きお婆さんの25年忌の法要(9月15日)を営むことになりました。日頃の忙しさにかまけて、未整理のままのボストンバックを取り出し、中身の点検をしているときに父の手書きの遺言証書が出てきたのです。
      お婆さんの25年忌法要がなければ遺言証書はボストンバックの中にしまい込んだままになっていたのでした。
      祖霊にむかって手を合わせる度に、その加護に感謝し、冥福を祈ってきたつもりでしたが、このような形で祖霊の恩寵に浴するとは……
      祖霊を前にして、グチめいたことも口にしたことが悔やまれましたが、信心の世界はまことに奥が深い事を思い知ったAさんでした。
      「信心は徳の余り」であってはいけないと、しみじみと心に刻み込まれる事例です。
       

      顔相は生きざまの証(あかし)

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        30代とおぼしき男女が訪ねてきました。
        一見したところ、ごく普通のカップルで特別変わったところはありません。
        ところがよく見ると、顔相に女性の生きざまが隠しようもなくあらわれているのです。

        幾度となく同じようなパターンを見てきてピンと来たものがあったので、私は何の迷いもなく「夜の商売をなさっていますね」と単刀直入に訊きました。
        「名は体を表す」とはよく聞きますが、「顔相は生きざまを表す」のです。化粧などでごまかせるものではありません。

        結果、やはりその通りで、この方はひたすらお金を貯めるために夜の仕事に無理を重ねているというお話でした。
        化粧映えした顔は若々しく、見方によっては美人といえるかもしれませんが、顔相には精神的・肉体的な疲労と、お金に対する執着がにじみ出ていました。

        職業に貴賎はありません。水商売といっても、そこで働く方には様々な事情があるでしょう。
        また、目的があってお金を貯めるという事も決して悪い事ではありませんが、この方の場合は金銭に対する執着がどんどん大きくなってしまい、結果として顔相を卑しめてしまっていたのです。

        このままでいくとお金を貯めるという目的は達成できるかも知れませんが、肉体的な衰えとともに心が壊れてしまう事が容易に想像できます。心の持ち方・行いを正さない限り決して幸せにはなれないと思います。

        自分の行為は顔相に刻み込まれてできます。顔相がその人の生きざまの証だとされるのも、こうした理由からです。
        日頃の行いを正していくことの大切さをかみしめる良い機会ともなった経験でした。

        顔相は人生の履歴書

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          顔相は瞬時に分かる。
          のっけから格言めいて恐縮ですが、私の占術の一つである「顔相」についてお話します。
          久方ぶりにお会いした私の知人(女性)の顔相のあまりの変容ぶりに驚いてしまいました。容貌の衰えではなく、その人の生き様が顔相の変化となってあらわれ、それが見た目にも別人のように映ったのです。

          家庭崩壊の原因をつくり、家を飛び出した彼女は、欲望のおもむくままに奔放な生活を送り、その結果が顔相を極端に悪くし、俗にいう「悪相」になってしまったようです。
          軽率な行為を悔い、失った時間をとりもどしたいと必死に訴えるのですが、覆水は盆に返りません。

          我欲に執着し、溺れる者は、仏教でいう三毒(貪り、怒り、愚か)が顔相にあらわれるのです。
          顔相はその人の生き様が刻み込まれる人生の履歴書です。
          「男が先に家を出ると死に場所を失くし、女が家を出ると天の恵みが与えられない」