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書いた記事数:35 最後に更新した日:2019/06/22

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虹水ブログ

巡り来る2月

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    2月尽」(にがつじん)ということばがあります。

    文字通り、2月が終わる事を意味するのですが、12ヵ月のうちでもっとも短い月であると同時に、日いちにちと春らしくなってゆくころなので、またたく間に月日がすぎるような思いにかられる月ともいえます。

    それ故に「2月はにげてしまう」とも形容されるのでしょうか。

     

    そんな2月ですが、私は毎年巡りくる2月を特別な思いを抱いて迎えます。

    人間的な深い絆で結ばれ、敬愛の情を抱き続けた3人の男性がいます。

     

    何とも不思議なことですが、3人とも2月が誕生月なのです。それだから、2月という月は私にとって「運命的な月」なのです。

    3人のうち、2人はすでに他界し、はるか浄土から私を守護してくれていると信じています。

     

    疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る」といいます。まさにその通りで、困難にあったときこそ、今なお敬愛の情を抱きつづける3人の男性の意志の強さ、ゆるぎない信念を感じることができるのです。

    そのことが、今の私を支える大きな力となっています。

     

    人間の不思議な縁については、本年(2016年)の元旦のブログでもお話しました。あわせてお読みいただけると嬉しい限りです。


    干支(えと)セトラ

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      今回は、いつものブログとは若干異なり、占いの世界でもたいせつにされる干支についてお話する。

       「干支?」と訊かれて、ためらうことなく答えられるはずだ。

      ここでいう「干支」とは、年をあらわす(今年の干支)場合と、個人の生まれ年によって配当された(何年生まれ)場合の双方に使用される。

       

      易占いのもとになったのが中国で考え出された「陰陽五行説」というものである。はしょって言えば、この世に存在するものはすべて陰と陽によって成り立つ(陰陽説)という。例えば男と女、光と陰というように一方が陰で他方が陽とする考え方である。

      この陰と陽は互いに引き合い、往き来し、交じり合うことによって「五つの気」が生まれてくるという。これが「陰陽五行説」だ。

       

      五つの気は、五つの惑星にもあてはめられている。すなわち、木星、火星、土星、金星、水星である。この五つの惑星のうちでも、もっとも人間の運命に深くかかわっているとされているのが「木星」である。

      木星は12年間で天を一周し、もとの位置にもどる。天を12区切りに分け、1年間に1区切りずつ移動すると考えた。その区切りごとに名まえをつけ、動物を配して、日本語読みにしたのが、なじみの「ね、うし、とら……い」、俗にいうところの十二支である。

       

      沖縄でも、「守り本尊」を信仰する人がふえている。それぞれの生まれ年(干支)によって自分の身を守ってくれる「守護仏」が決まっているとする考え方である。

      よく知られている「首里十二カ所巡り」は、それぞれの干支の守護仏を祀っている寺院を参拝し、健康を祈願する習俗である。本土の「十二支霊場巡り」も同じことだ。

       

      手前みそになって恐縮だが、虹水の易の館で販売しているオリジナルブランドの一つである十二支を配当したブレスレット「虹水晶」は、守護仏を常に身につけていることをあらわしている。厄災をしりぞけ、福を招く、招福のお守りでもある。


      神さまの粋なはからい

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        積年の心身の疲れか、気づかぬままの不摂生のツケが回ってきたのか、今年に入り体調が思わしくない。
        医者の見立ては「肝機能の低下」が原因だとのこと。

        もともと頑丈な身体で健康体にもかかわらず、サプリメントの服用のし過ぎ、甘いものと脂肪分の摂り過ぎという指摘を受けました。
        ご指摘はご無理ごもっともで当方に思い当たるフシが多々あり、反省することしきりです。

        六十路も半ばを過ぎ、心穏やかに冷静にこれからの来し方に思いを馳せる絶好の機会だと、内心安堵しております。 このような時間をいただいたことは「神さまの粋なはからい」だと独り合点するしだい。

        夫に先立たれたとはいえ、二人の息子と娘、それに孫にも恵まれ、肉親の情愛の機微に触れる日々も人並みに経験しており、感謝に堪えません。
        また、時として亡き夫の霊に守護されていることを実感することもあり、魂のつながりの不思議に驚嘆することもあります。

        早朝のラジオ体操に参加以来、体調も徐々にもどりつつあり、新たな霊気に充たされているような気がします。 日々の暮らし方を戒め、すべてに感謝する心を忘れずに、さらなる高みをめざすための精進を怠らぬよう心してゆくつもりです。 すべてに感謝!

        縁(えにし) 2016年 元旦 丙申

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          私たちは、日常生活を送るなかで、いろいろな場所でさまざまな人たちと不思議な縁で結ばれています。
          もっぱら、金銭の利害だけで結ばれた縁というものは「金の切れめが縁の切れめ」になってしまいます。

          男女関係の不可思議な縁というものは「縁は異なもの」といわれるようにはたから見ているだけでは理解し難いものです。
          人の意見に耳を貸さず、我を通すことに固執する人は「縁なき衆生は度がたし」とあるように、なかなか救いの手が差しのべられません。

          相性の良し悪しというのも不思議な縁のなせるわざであり、たとえよくない結果になったとしても、そこは「合い縁奇縁」ということで、うまく処理するのが大人の知恵といえます。

          こうした縁で結ばれた相手に対しては寛大でなければいけません。自分に不利益をもたらしたとしても、もっぱら相手だけを責めるのではなく、裡なる自分に目をむけて、一度立ち止まって考えてみることのたいせつさをかみしめましょう。それがよけいなカルマ(業=ゴウ)をしょい込むのを避ける最良の方法です。

          袖振り合うも他生の縁」ということわざにある通り、ひょんなことで結ばれた縁というものは、前世の因縁によるものだという一面もあるのです。
          皆様がよき縁で結ばれますよう、祈っています。

          多様な人びとの往来

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            夫婦間のトラブル、金銭問題、人間関係などなどさまざまな悩みをかかえた人たちが私の所(易の館)を往き来します。規模は小さいとはいえ、人間交差点ともいえます。
            そんななかでも、先日(11月)珍しい訪問客がありましたので紹介することにします。

            まだ、幼さを残した娘(高校生)さんが母親を伴って訪ねて参りました。
            訪問の主旨は、私のもとで易学を学びたいということです。
            生来的に人並み以上に霊感が備わっていたようで、その能力によって人知れず悩み苦しんできたといいます。
            一見、柔和な面立ちからは、そのようなことは窺い知ることは出来ませんが、話す内容はやはり尋常ではありません。
            「見えざるものを信じ、見えざる世界が好き」だという彼女の言動とがなかなか一致しないのです。ちなみに彼女は本土の人間です。

            沖縄ではこうした人たちのことを「タカンマリ」とか「サーダカサン」などと称して、社会も一定程度理解を示してくれますが、本土の社会ではこうした寛容な態度は示してくれません。それ故に彼女の苦悩がいかほど深いものかも推察できるのです。

            今回の来島で集中講義を行い、易学に対する初歩的な知識を修得させることに力を尽くしたのですが、言うまでもなく、易学は1回の集中講義で修得できるほど浅薄な学問ではありません。彼女は、これから先も機会を見つけては私の元で易学の修得に励み、免許を取得したいとの意向です。
            同席した彼女の母親も、私の講義に触発されたのか、娘と一緒に学びたいと申しております。

            私の元に訪れる人びととの触れ合いを通して私も学び、依頼者とともに目の前の難問の解決に挑む日々を送っていますが、そのことが想像以上に私の人間的な成長に資していることに気づかされる日々でもあるのです。