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書いた記事数:39 最後に更新した日:2020/06/03

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虹水ブログ

神さまの粋なはからい

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    積年の心身の疲れか、気づかぬままの不摂生のツケが回ってきたのか、今年に入り体調が思わしくない。
    医者の見立ては「肝機能の低下」が原因だとのこと。

    もともと頑丈な身体で健康体にもかかわらず、サプリメントの服用のし過ぎ、甘いものと脂肪分の摂り過ぎという指摘を受けました。
    ご指摘はご無理ごもっともで当方に思い当たるフシが多々あり、反省することしきりです。

    六十路も半ばを過ぎ、心穏やかに冷静にこれからの来し方に思いを馳せる絶好の機会だと、内心安堵しております。 このような時間をいただいたことは「神さまの粋なはからい」だと独り合点するしだい。

    夫に先立たれたとはいえ、二人の息子と娘、それに孫にも恵まれ、肉親の情愛の機微に触れる日々も人並みに経験しており、感謝に堪えません。
    また、時として亡き夫の霊に守護されていることを実感することもあり、魂のつながりの不思議に驚嘆することもあります。

    早朝のラジオ体操に参加以来、体調も徐々にもどりつつあり、新たな霊気に充たされているような気がします。 日々の暮らし方を戒め、すべてに感謝する心を忘れずに、さらなる高みをめざすための精進を怠らぬよう心してゆくつもりです。 すべてに感謝!

    縁(えにし) 2016年 元旦 丙申

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      私たちは、日常生活を送るなかで、いろいろな場所でさまざまな人たちと不思議な縁で結ばれています。
      もっぱら、金銭の利害だけで結ばれた縁というものは「金の切れめが縁の切れめ」になってしまいます。

      男女関係の不可思議な縁というものは「縁は異なもの」といわれるようにはたから見ているだけでは理解し難いものです。
      人の意見に耳を貸さず、我を通すことに固執する人は「縁なき衆生は度がたし」とあるように、なかなか救いの手が差しのべられません。

      相性の良し悪しというのも不思議な縁のなせるわざであり、たとえよくない結果になったとしても、そこは「合い縁奇縁」ということで、うまく処理するのが大人の知恵といえます。

      こうした縁で結ばれた相手に対しては寛大でなければいけません。自分に不利益をもたらしたとしても、もっぱら相手だけを責めるのではなく、裡なる自分に目をむけて、一度立ち止まって考えてみることのたいせつさをかみしめましょう。それがよけいなカルマ(業=ゴウ)をしょい込むのを避ける最良の方法です。

      袖振り合うも他生の縁」ということわざにある通り、ひょんなことで結ばれた縁というものは、前世の因縁によるものだという一面もあるのです。
      皆様がよき縁で結ばれますよう、祈っています。

      水に流すものと石に刻むもの

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        「人に歴史あり」という言い古された言葉があります。
        私のような年齢になると、そのことが実感として受け止めることができるのです。
        その人の歩んできた道程(みちのり)が顔の相となってあらわれてくることは、このブログでも再三お話して参りました。

        心にわだかまりを持ち、怨念に支配された人の顔相はみにくく、相手に不快感を与えます。恨みつらみほど顔の相をゆがめ、わだかまりを深くするものはありません。
        逆に謙虚さと素直さを持ち、心を清浄にする人の顔相は、おだやかで相手に心地よさを与えてくれます。謙虚で素直であることは向上心を高めるための必要不可欠な条件です。
        向上心は顔の相にあらわれ、顔相をよくすることは言うまでもないことです。

        与えた恩を思わずに心に留めおくことは、いつか報恩を期待し、それが裏切られたときには恨みとなって刻まれます。
        受けた恩を忘れてしまうと、いつの日か誠実さを欠いた行為として相手の反感を買ってしまいます。

        「受けた恩は石に刻み、与えた恩は水に流す」

        心のわだかまりを棄て、常に清浄な心を保つ秘訣とも言える言葉です。
        私の「座右の銘」として我欲にとらわれがちな心を戒めております。

        不思議な縁ー8月

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          額縁の中の住人になってしまった愛する人にむかって一日一日の出来事を語る日々を送って、はや一年が経ちます。
          思い返すと、8月は私にとって不思議な縁で結ばれた月です。
          夫と死別したのも、その後人生の苦楽を分かち合った人も甥も、暑い盛りの中で最期のときを迎えました。
          合縁奇縁ということばがありますが、それぞれに不思議な縁によって結ばれた人たちです。

          思い出が残された者の心の中から消え去ったときに、人は完全な死を迎えるという人もいます。私の心の中から過ごした日々や語り合ったことやともに流した涙の記憶が薄れることはありません。私の心の中では彼らは生きているのです。
          亡くなった人の霊を偲びなぐさめ、供養するということは、そのよすがを取り戻し、縁を改めて確認することにつながるのでしょう。

          命日はその人の死を呼び起こす日ではなく、愛する者との縁を改めて確認する日でもあるといえます。
          雑事に流されて、多忙にかまけて記憶は徐々に薄れてしまいますが、私の8月は、忘れたくても忘れられない月なのです。

          My Sister

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            5月中旬に父の一周忌がありました。
            アメリカに住んでいる妹が帰沖、実家の用事も兼ねて一ヶ月間私の家で滞在することに。

            久しぶりに会う妹のために、私は毎日早起きしてご飯の準備。
            懐かしい沖縄料理を食べたがる妹に、ゴーヤーチャンプルー、ナーベーラー(ヘチマ)、ソ−キ汁、アシティビチ、中身のおつゆと、自分の仕事よりも労力をかけて(笑)作りました。
            「姉さん、故里はいつ来てもいいね」と喜ぶ妹に、私は体力の限界を感じながらも精一杯のおもてなしをします。
            夜は12時近くまで起きてユンタク。
            幼い頃を過ごした、ヤンバルでの子ども時代の出来事を夢中になって語り合ううちに、すっかり時間が経ってしまうのでした。

            彼女はアメリカ生活40年。大学院まで出て、今も現役バリバリで仕事をこなす才女です。
            私は8人兄弟の5番目に生まれた長女ですが、小さい頃勉強を教えてくれたのは1歳年下の彼女でした。
            そんな妹の滞在期間も終わりを告げ、帰り際に言われたことは、
            「健康でお互い長生きしましょうね。それと姉さん、もっともっと勉強した方がいいよ。」
            とのこと。そして現状のアメリカについて色々と話してくれました。

            大変嬉しかった反面、勉強不足の自分が恥ずかしく、反省せざるを得ませんでした。
            大きくなって年を取っても、遠く離れていても彼女は彼女のままでした。

            家族の絆、兄弟姉妹の絆は深いですね!
            親に感謝しつつ、また会える日を楽しみにしています。
            彼女が健康で幸せでいられることを、姉として心より願っています。