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書いた記事数:37 最後に更新した日:2019/12/29

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虹水ブログ

人生はすてたものではない

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    去年は、わたくしにとって易学でいう「別離の年」を実感する年になってしまいました。

    老いてもなお、かくしゃくとして、わたくしを叱咤激励してくれた父の死。
    深い絆で結ばれ、互いに慈しみ支え合った愛する人の死。
    肉親の情愛にあふれ、わたくしを慕ってくれた甥の死。
    それぞれが静かに旅立ち、わたくしのもとを去ってしまいました。

    生きとし生けるものの宿命、この世の習いとはいえ、悲しみは深く堪え難いものがあります。
    それでも、遺された者は懸命に生きなければなりません。何と残酷なことでしょう。

    それぞれの遺影に合掌するとき、冥土での幸福を祈りながらも、生前の心ない仕打ちがつぎつぎと思い出され、後悔の涙が止まりません。
    詮無いこととは知りながらも、「ああしてあげれば良かった」、「あの言葉を取り消したい」と心から願うのです。
    カジマヤーユーエーに、自力でひな壇に上った父の確かな足取りがよみがえります。

    わたくしの取り留めのない話に、時には笑い、時にはうなずきながら飽きもせず聞き入ってくれた愛する人の表情の一つひとつがコマ送りのようにあらわれては消えていきます。

    予感にふるえながら異郷で暮らす甥の死を報せる受話器を取った手の感触が忘れられません。
    誰もが、それぞれの悲しみや苦しみを胸にかかえこんだまま生きています。その悲しみや苦しみをいやす手立てを手に入れるためにもがきます。
    それでも「人生はすてたものではない」という瞬間が必ずおとずれるはずです。
    わたくしは、それを信じて多忙な一日の終わりに遺影の前で合掌し、語りかけているのです。

    心から慈しみ、愛することができたことへの感謝の祈りを込めて。
     

    栄枯盛衰

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      某銀行ATMの前での話し。
      お金を下ろそうと、ATMの場所に行くと7〜8名の人が並んでいました。
      先頭を見てみると、60代ぐらいの男性が操作にとまどっている様子。

      ジャフェーナトーサ、番号ワッシティ」(大変なっている、番号忘れたさ)
      どうやら暗証番号を忘れてしまったようです。

      他にもぶつぶつと何か言っているので耳を澄ましてみると、
      月に一回しか銀行に用事が無いから…」と独り言。
      そしてすぐに「あっ思い出した」と言ったかと思うと正しい番号を打ち込んで操作を終え、
      ほっとしたような顔で頭を下げて帰って行ったのでした。

      その後姿を見ながら、「私もそのうちこうなるのかな…」などと考えを巡らしていましたが、
      ふと気付いたことがありました。
      順番を待っていたのはほぼ全て60代以上のお年寄り。
      そう、その日は年金の支給日だったのです。
      道理で待ち時間が長い訳です(笑)

      年とともに物忘れが酷くなっていく…これも人生の盛衰のリズムです。
      まばたきをする程のあっという間に人は老いていきます。
      輝かしい人生の一瞬一瞬を大切にして、頑張って生きていこう。
      そう思わされたひとときでした。

      父の一周忌

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        実父の一周忌でのお話。
        父の一周忌には本土から来た人も含め、身内の者が大勢集まりました。

        私は実家の仏壇をあずかっている為、準備にてんてこまい。
        来る機会の限られている本土在住組は、「ついでだからヤンバルの墓参りまで行きたい」
        との事だったので、中型バスと運転手までチャーターしてヤンバルへ。

        バスの中では、皆久しぶりに会う一族との語らいに夢中で、大騒ぎでした。
        帰りはドライブインでコーヒーを飲み、レストランで食事をした後、車で移動してカラオケへ。
        皆歌って踊って、大ハッスル!
        飲み物も食べ物もじゃんじゃんオーダーして、老いも若きも、もう最高に楽しいひとときでした。
        私は疲れて歌うどころではありませんでしたが(笑)。

        にぎやかな会合もおひらきになる頃、息子がさっと部屋を出て行き会計を済まして戻ってきたのですが、なんだか浮かない顔。
        いくら支払ったの?」と聞くと「しむさ(いいよ)」との返事。
        とは言え憮然とした態度だったので、財布を見せてもらうとあら空っぽ。
        あい、ごめんね、母ちゃんが払うよ!」と言った途端に機嫌が直りました(笑)。

        ぐったりと疲れた一日でしたが、とても楽しかった!
        Familyっていいですね。あらためて思いました。

        この日で一段と親族の絆が深まったような気がします。
        父に感謝!

        世代を越えた家族の絆

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          70代の女性のお話です。

          この方の母親が現在老人ホームに入所しているのですが、先日父親が亡くなり、息子が老人ホームを訪ねた際にその事を伝えたそうです。
          するとおばあさんは、
          シミルスル、じょうとうやさ!」と返答したとのこと。
          つまり「よかったさ、いいんじゃないの」といった返答をされた訳です。

          息子はこれを聞いてショックを受けました。
          とうとうばあちゃんが認知症になってしまったのだと。

          家に帰り、二人でその話をしました。
          ばあちゃんはじいちゃんが亡くなったのに、何も悲しそうにしていなかった…逆に喜んでいる様子だったよ。
          母ちゃんがこうなったらって思うと、凄く不安だよ

          そう話す息子にこの方はこうおっしゃったそうです。
          これは歳を重ねていくと、誰にでも起こり得る事なんだよ。体力・気力が衰えていつの間にか自分が誰かさえも分からなくなる。
          生老病死というものは避けて通る事はできないからねぇ。

          息子は黙ってその話を聞いていました。

          その後、息子は今までと変わりなく定期的に老人ホームにおばあさんの顔を見に行っているそうです。

          このおばあさん、誰が来てもわからないのに、この孫が来ると「あんたが一番」と言うそうです。
          幼少の頃から可愛がっていた孫の事を、何かしら覚えているのでしょう。
          孫もそれが嬉しくて、老人ホームへ足しげく通うのでした。

          世代を越えた家族の絆を、窺い知る事ができるお話でした。

          荒波を越えて

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            易の館のお客様で、90代を間近に迎える女性との出会いがありました。

            その方は自分誌を執筆中とのこと。
            本を出版するにあたり、ペンネームを使うか本名を使うかで迷っていて判断を仰ぎたい、といった経緯で易の館にお越しになったのでした。

            幾つかお話をしていく中で、ふと気にかかり「もしかして学校の先生をしておられたんですか?」とお聞きしたところ、
            かつて小学校の教師で、またその小学校は沖縄史に残る悲惨な墜落事故が起きた所である、とのこと。
            目に涙を浮かべながら、凄惨な事故の一部始終をお話ししてくださいました。

            「月日の経つのは早いものです。私の教え子達は今頃どうしていますかね…」

            そうつぶやく女性のお顔には、荒波を越えてきた人生の尊さと優しさが刻まれていました。
            おそらく事故の衝撃と、それに伴う精神的な苦痛は相当なものであった事でしょう。
            そこから立ち直り、今このようにお元気にされているという事は、ご先祖の御加護と御神仏の功徳をいただいているお方であることが読み取れます。

            しばらくお話をして後、自分誌のお名前の件に関しては、「親が良かれと思って我が子に付けた名前が一番かと思います」とアドバイスを差し上げました。

            「良かった、同感です。ではそうすることにします。
            今日はお伺いして良かった!またお会いしたいです。」

            そうおっしゃってお帰りになられました。

            ふと、このお方の人生に思いを馳せた時、苦難はあったとしても幸せであっただろうな、ということが直感的に伝わってきました。
            「徳」のある生き方をしている方というのは、たとえ困難があったとしても乗り越えていけるものなのだという事を、この方を通して改めて思い知った一日でした。